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2019年08月の記事は以下のとおりです。

ベルベデーレ宮殿

どこかで見たことのある景色だと思います。ウィーン観光では定番のベルベデーレ宮殿の正面です。

バロック時代のヨーロッパを代表する建築美術家ルカス・フォン・ヒルデブラントの最高傑作です。

ベルベデーレ宮殿

ベルベデーレ宮殿は、アジア民族の侵攻を撃破したオイゲン公の夏の住居として建造されました。

つまりベルベデーレ宮殿はオイゲン公の別荘で、別に本宅があったわけですが、旧市街地に残る本宅の宮殿は、現在は財務省になってます。

ハプスブルクの重臣だったオイゲン公は、通常は本宅で生活し、夏季だけベルベデーレ宮殿に滞在したそうです。それで、本宅の方を冬の「宮殿」、それに対してベルベデーレを「夏の宮殿」と呼んでいたそうです。

オイゲン公の時代のウィーンでは城壁内の1軒家が禁止でした。直径1キロの城壁内はコンパクトな建物がびっしりと立ち並び、道路も狭かったので、見通しの悪い暗い生活でした。それで、アジア民族オスマントルコを黒海まで追いやってからは、広々とした庭園を持つ宮殿を城壁の外に設けたのが、ベルベデーレ宮殿なんだだそうです。

その他、オイゲン公はベルベデーレ宮殿の中庭に巨大な地下ホールを建造したことが10年くらい前の発掘調査でわかってます。その巨大な地下ホールを武器庫とし、ベルベデーレ宮殿のロケーションはアジア民族が帝都ウィーンに向かうときに通過するハンガリー通りの脇を選んでます。

 

ベルベデーレ宮殿を正面から回り込むと世界10大美景として知られる中庭です。

ベルベデーレ庭園

この宮殿は世紀末の画家グスタフ・クリムトの描いた「接吻」の美術館として世界的に有名です。世紀末にウィーンで活躍したエゴン・シーレ、19世紀のビーダーマイヤー様式の絵画も素晴らしいです。

ベルベデーレ宮殿は建物よし、庭園よし、美術館よしの三拍子が揃った観光名所です。移動はタクシーでも市電でもどちらでも良いと思います。

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